ももんじ通信

本と落語と時々博物館

幾千の夜を越えて

「あの夜」を乗り越えることは、できなかったのだろうか?
彼をこよなく愛する彼による疑問の刺さる一冊。

悲しいことがあったとき、辛いことがあったとき、闇に押し潰されてしまいそうな、自分が小さく圧縮されていく、そんな夜が不意に訪れる。
彼はそんな夜を乗り越えることが出来ずに、手の届かない場所に行ってしまったのだろう。

又吉さんは、太宰を読み始めたとき「自分以外の人が自分と同じようにたくさんものを考えながら生きている」という事実に驚かされたという。太宰の作品に現れる嬉しさや悲しさ、そして強い羞恥心に共感を覚えていき、太宰が好きになった。
だからこそ、又吉さんは「乗り越えられなかった夜」が悔しいのだと思う。
乗り越えられそうにない夜も乗り越えられないことはないことを、彼は知り、分かっているから。

「太宰が自分に似ている」と言う人は驚くほど多い。数年前にみた「日々の呟き」というドキュメンタリー映画は、太宰に心酔した人々の群像を捉えたもので、登場する人みなが口を揃えてこの言葉を発していたのが印象的だった。
太宰は誰にでも似ている、だからこそ、誰にも似ていない。
だからこそ、人々は太宰に魅了されるのだろう。

あの夜を、彼が乗り越えることは本当にできなかったのだろうか。
そして、私にもいつか乗り越えられない夜が来ることはあるのだろうか。

 

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

 

 この書評は2017年1月1日にシミルボンに掲載したものです。

夜を乗り越える - 幾千の夜を越えて - シミルボン